田舎のお盆 『施餓鬼(せがき)法要』

こんにちは、kikoです。

異常に暑い夏真っ只中、あっという間にお盆の時期がやってきましたね。

我が家は毎年『お盆』だからと言って何かをするわけもなく、普段の日常に変化はないのですが、今年は例年と異なり私の祖母が亡くなったため私の祖父母の家がある田舎へ帰ることになりました。

そこで大人になって初めてちゃんとお盆というものを体験したのですが、『田舎のお盆』は大変だというのを実感してきました。

 

たぶん、地方によってお盆の過ごし方はいろいろあるとは思いますが、私の体験した『田舎のお盆』のことを少し記しておきます。

 

私の祖父母の家は東海地方の山岳部にある小さな村で、ここでは昔からお盆は亡くなった人が戻ってくる大事な時期らしく8月7日程から故人を迎える法要が行われるそうです。

8月7日8日あたりにまず故人を迎えにお寺に行き、8月14日まで故人の霊が家に滞在するそうです。

その間家には親戚が集まり、夜は宴会などになります。

 

お盆本番の14日・15日にはまず14日に故人の霊がお寺に戻ってもらうための法要があり、15日にはお寺から故人が浄土へと戻るための法要『施餓鬼(せがき)』がありました。

『施餓鬼』というのはご存知ですか?

私は初めて聞いたように思います。

 

施餓鬼法要とは餓鬼道に堕ちた無縁仏や様々な霊に対して行われる供養のことを指しているそうです。

と書いても、餓鬼道からわからないんですけど。

調べてみると、餓鬼道とは常に飢えと渇きに苦しむ亡者の世界のことだそうです。

インドの世界観で,すべての衆生が,死ねばその生(しよう)の業(ごう)に従って輪廻転生(りんねてんしよう)するという6種の世界=六道の中の一つの世界だそうです。

 

仏教はインドから渡ってきたものなので、起源はそこからですかね。

 

元来の施餓鬼法要とは無縁仏や餓鬼に施しをすることがメインだったみたいですが、いつの間にか日本では新しく亡くなった霊や先祖代々の霊を供養する法要に変わったみたいですね。

各宗派に同じような『施餓鬼法要』があるようなので、実際にされている方は多いかもしれません。

 

我が家ではそういうことはしませんが、同じ宗派のお寺さんでも地域によってはしているようなので、土着信仰の一つかなとも思います。

 

私の祖母の村でも自分たちにゆかりのある人の霊を供養することがメインのような法要でした。

山間のすごい田舎でしたが、いろんなところから親類が帰ってきてお寺に参っていました。

年齢は幅広く、子供からお年寄りまでたくさんの人が本堂に座り、和尚さんのお経を聴きながら、自分の身内の名前が呼ばれるのをひたすら待ちます。

普段この地域は夏でも涼しく過ごしやすいのですが、今年の異常な暑さはここでも健在で、喪服を纏った黒服の人たちは扇子で仰いだり、ハンカチで汗を拭ったり、たぶん例年以上に大変な『施餓鬼法要』だったんじゃないでしょうか。

 

施餓鬼法要は午後から始まったのですが、この年亡くなった人だけでなく、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌など過去に亡くなった人たちも含まれるため2時間以上の法要となるみたいでした。

今年亡くなり初盆を迎える人だけは一人ずつ名前を呼ばれるようでさらに時間がかかります。

うちは最後だったので初めから参加していると2時間半くらい時間がかかっていたと思います。

故人の名前を呼ばれるとその親族、関係者がお経の最中立ち上がり、焼香をしたあと、境内に作られた増長天、持国天、多聞天、広目天と書かれた旗に囲まれた場所まで進み、その囲いの中に用意された二つの樽(一つは水、一つはキュウリやナスが入ったもの)から長い竹箸のようなものでキュウリやナスを掴む?押し出す?ように三回放っていました。

うまく言葉で伝えられない…のですが、多くの大人が神妙にナスを押し出している姿は不思議でした…。

これをこの先私たちの世代、私の従妹たちが続けていくのかと思うと、大変だなというのが感想です。

 

 

宗教離れが進み、自分の家が何の宗派なのかさえ知らない人が多く、何のためにそういうものが必要なのかを考えることもしなくなった現代において、

これほど時間もかかり、意味もよくわからない、土着的な習慣を継承していくのは今後は難しいだろうなと思いました。

 

 

ただ故人を思って家族で語らう。

それだけでいいような気もしなくないですけどね。

 

 

主人の家業がお寺なので、いろいろと考えさせられる一日になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

いやぁ、同じ田舎でも私の嫁ぎ先ではこんなことしないので、ところ変われば、本当に大変な行事が『お盆』みたいです。

 

 
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