義父

最近義父の調子が悪い。

25年という長い年月、透析を行ってきたので、体のあちこちにガタが来ていると言うのもわかるし、毎年、短期間だが入院している。

先週から少し動くだけでも息が切れると言っていて、腕に痛みが強いらしく、透析も6時間受けることが難しいほどだったようだ。

先日、心臓の検査をしてもらったら、血を送る力が弱いから無理をしているという。

以前心臓に水が溜まっていたことがあったが、今回は肺に少し水が溜まっていて、肺の水を抜くことは難しいらしく、とりあえず薬を処方してもらった。

普段から忙しくしている人で、生きることに前向きな人だけれど、

さすがに心臓が弱っていると言われて落ち込んでいるよう。

余命もはっきりとは言われていないようだが、本人的には1,2年くらいだと考えているよう。

まだやりたいことがある。やらなければいけないことがあると義父は言う。

そのために私たちが出来ることは、少しでもそれが出来るように他の部分をフォローしてあげることだろうなと思う。

人は誰しも寿命があって、いつかは死ぬし、

それは普段から義父とよく話すことだった。

でも、実際、義父があと2年くらいしか生きられないと言われてもピンとは来ない。

もしかしたらもっと長く生きられるかもしれないし、もっと短いかもしれない。

不確定なことに不安になるよりも、今から出来ることをするしかないなと思う。

とりあえず、今まで義父に頼りっぱなしだった食事に関しては私が代わりにやることにした。

料理をする時間は実は結構長い。

義父にはその時間を使って、自分のやりたいことをしてもらえればいい。

あとは義母のことだ。

認知症が進み、すべて義父頼りの義母が、義父のストレスになっていることは否めない。

今週1のデイサービスを増やせないだろうか。

義母には可哀想かもしれないが、義父が自分の仕事をやりきって満足してもらいたいと思う。

義母には言葉では伝わらないから、行動で示すしかないのが難しいところ。

あとは主人と義妹。

主人は心配ばかり。

不安ばかり。

子供だから、当たり前だろう。でも、心配しすぎて安静にしてなきゃ駄目だとか、あれだめ、これだめと義父の行動を制限しても、それはいったい誰のためなのだろう。

義父はどう生きるかが大事だと言っている。

自分の意思で出来ることならば周りがサポートできる範囲でやってもらえばいいと思う。

心配するのも大事だけれど、義父の意思を尊重してあげるのも大事だと思う。

だから、やりたいことを最期までできるようフォローしていこうと話した。

義妹にはまだ言っていない。

主人から話しておくべきだろうと言ったが、自分だと大げさに言ってしまうからと言われてしまった。

確かにね…と思ったけれど。

でも、なんというべきか。

もう少し薬が効くかみてから伝えるべきか、心臓が弱っていることだけ伝えるべきか。

少し離れた場所で暮らす義妹に、義父はあまり心配を掛けたくないだろう。

でも、知ったら心配してしまうし、それは当たり前だ。

とりあえず、もう少し様子を見て来週には一度メールをしてみようかな。

義父が一家の大黒柱として私たちの精神的な部分を支えてくれていることに改めて気づく。

少しでも長く、一緒にいてもらえたら。

そう心から思う。